カテゴリ
ご予約 お知らせ 玉響フットセラピー フットセラピスト養成講座 嗅覚反応分析 出張足もみ会/出店 セルフ足もみ講座 施術報告/お客様の声 カラダcolumn TAIKAN works ライブ&フットセラピー 日々のこと art/live/film鑑賞 最新の記事
以前の記事
2024年 08月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 06月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 01月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 04月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 04月 2016年 01月 2015年 09月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 06月 その他のジャンル
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ドキュメンタリー映画「オオカミの護符」のレビューです。 先日、アチックフォーラム(民族映像文化研究所の拠点)で 上映された小倉美恵子監督の記録映画『オオカミの護符』を観てきました。 淡々と描かれながらも、いやはや驚きの内容でした。よく訪れている 御岳神社を中心に、身近な関東平野に根付く『オオカミ信仰』をめぐる 儀礼や風習について、知っているようで何も知らなかったのだと認識。 そして、まるで古のとっくに消えてしまったと思われているような風習が 今現在も受継がれ行われていることに感動すると同時に、このような 記録映画に出会わない限り知ることがなかったと思うと、日本人は大事 なものを沢山闇に葬り置き去りにしてきてしまったのだと改めて痛感しました。 自分の生活圏、文化圏に伝わる信仰についてほとんど知らずにいるのだから。 監督の小倉さんは川崎市宮前区土橋出身、多摩川南岸のお百姓さんの 生まれです。茅葺の実家の古い土蔵に代々貼り替えられてきた『オオカミ の護符』に素朴な興味を抱き、その謎を解くべく聞き取りをはじめます。 歴史の生き証人のような、昔と今をまたがる世代の方たちから貴重な お話を聞いてまわるなかで、枝葉がどんどん広がり関東甲信の山々に 生きる人々の暮らしとそこに今も残る風習が次々に浮かび上がっていく 様子にドキドキしました。 『御嶽講』というものが関東近郊の集落で今も残っていることにまずびっくり。 「講」とは集落の寄り集まりですが、ただ集まるのではなく、行事の前に 神仏の前でいろいろ取り決めをするような催しです。数々ある「講」の中でも 『御嶽講』は御岳山にある武蔵御嶽神社に参拝に行く代表者を決める行事。 江戸時代の古文書に記録が残っている『御嶽講』は、お百姓さんたちが 種まきや田植えの始まる前に、作業の無事と豊作を願い行っていた風習で、 それが土橋はじめ、関東近郊の集落で今も尚続いているのです。 決められた代表者は、御岳山にある代々決まった宿坊を訪ね、そこで 馴染みの「御師」にお祓いしてもらい身を清めて山頂を目指します。 「御師」とは山の杜社に属す宗教者で、当地の信仰を庶民に広める 役割を果たしてきたそうです。そして神官でありながら山の百姓であり、 林業家でもあり、何より生活者として山の暮らしを支えてきた人たちで、 元々は広大な関東平野を修行して歩いた山伏であったという説もあります。 現在も山岳信仰の古風を今に伝える存在、山と人々の暮らしをつなぐ 存在であり、オイヌさまの護符を届けに講中の家々を一軒一軒訪ね 神前で祈禱されるそうです。そのお礼参りも兼ねて『御嶽講中一行』は、 毎年オイヌさまと「御師」を尋ねている部分も大きいのだそう。昔は互いに 徒歩で野を越山を越えてはるばる行き来していたと思うと、先代「御師」 たちが長い年月をかけて繋いできた篤い絆と、その恩恵にあずかる講中 たちの感謝の想いをひしひしと伝わってきます。「御師」が護符を届けに 一軒一軒回っているのは、今では御嶽講だけだそうで、そのご苦労が あるからこそ庶民の間に今も廃れず残り続けているのかもしれません。 文化・風習を後世に残していくためには、その中に息づく人々の想いが 一番の原動力になるのだとしみじみ感じました。 他にも様々な形で残る「お炊き上げ」も興味深かったです。 ひっそりと家の裏山の祠に供物も捧げるものから、村人たちが自ら山に 登ってオイヌ様に葉に乗せた赤飯やさんまなどの供物を奉納し、山頂で オオカミの遠吠えのような雄たけびを上げるものまで、素朴ながらとても 大切に守られているのが印象的でした。 御嶽の『オオカミの護符』には黒いオオカミの絵と共に、「大口真神杜」 (オオクチマガミモリ)と書かれていますが、これは御嶽神社の本殿を 真後ろから見下ろす位置にあるお杜です。「大口真神祭」の時だけ扉が 開かれ現れご神体は、お顔は隠されているけど紛れもなくオオカミ、 ニホンオオカミだそう。 関東の山々に昔多く生息していたニホンオオカミは、獣害を引き起こす イノシシやシカを捕食し、農作物を守ってくれた存在。そういったことから お百姓たちから神と崇められたのではないかとのこと。しかし、紀伊半島 にもニホンオオカミは沢山いたのに、ここまでの信仰が残らなかったことや、 人間が襲われることもあり、赤ずきんちゃんなど世界中でオオカミを忌み 嫌う神話や童話が残っているなかで、オオカミ信仰が根付いた背景に とても興味惹かれました。 映画では触れられてなかったけれど、映画製作後に小倉監督が 書かれた同名の書籍の中で、遊牧民の「オオカミ・トーテム」との 共通点が出てきます。監督の友人の遊牧民フフバートルさんは、 「大切な家畜をオオカミに襲われることは少なくない。でも、モンゴル人は オオカミを敵とせず神として崇めている。被害をかぶっても尚、オオカミの 賢さに神々しいものを感じ、群れをなして生き抜く知恵は遊牧民たちの暮ら しにも生かされているのです。」と語ります。モンゴルでは畏れ多いものや 偉大なものを直接の名前で呼ぶことを慎む風習があるそうです。オオカミを 「天の犬」と呼ぶそうで、日本のお百姓や庶民がオオカミを「お犬さま」と呼び 習わしてきた背景にも繋がりそうだという小倉さんの見解にも、私の興味と 相まって一人ワクワクしっぱなしでした。 「大口真神祭」の時に宮司さんが神事の前後に向かいの山に向かって 一例するシーン。真のご神体は山なのかと思わせるこのシーンに謎が 残ります。遊牧民が大草原を天とし、そこで美しく行き抜く強者・蒼き オオカミを神の象徴として崇めてきたことと、すべての恵みの源である 偉大なる山を神とし、その象徴としてニホンオオカミを祀っていること。 それが今なお神社の片隅でひっそり行われていること。ここに通底する 何かがあるのでは、と。明治の神仏分離令以前、山岳信仰と民間信仰と 仏教と神道がゆるやかに交差していたその頃の信仰に、まだまだベールに 包まれた日本古来の宗教について、ひいては日本人のルーツに関わる何かが 横たわっているような気がしてなりません。 最後に衝撃的だったのは、秘儀「太占(フトマニ)」が未だに行われている という事実。遥か古代に獣骨の肩甲骨をやき、骨に入ったヒビによって 物事を占ってきた秘儀です。御嶽で現在も行われているのは、鹿の肩甲骨を やいて、その年の農作物の出来具合を占う作況表としての太占です。それを 巧みに見極められるお百姓さんが調布の農家にまだいらっしゃるそうで、 その方は「暦のようなもの」とおっしゃいました。骨に入った微妙なヒビの 位置によってどの野菜が不作か豊作か見極められるなんて、それが現代に 残っているなんて!「御嶽講」や山頂の狼の遠吠えの儀やこの太占など、 一見して古代ロマンを感じずにはいられないのだけど、こうして辿って見て いくと解釈が変わってきます。 自然の厳しさを感じながら逞しく生き抜いてきた人々の暮らしの中から、 神や自然との対話がおのずと生まれ、祈りが知恵に転化し、このような 文化を綿々と育んできたのでしょうね。その裏づけとなるような、つつまし くも感謝に満ちた庶民の暮らしぶりが、この映画には丁寧に描かれて いました。 太占に関しても、モンゴルの遊牧民の間で今もなお行われている そうです。モンゴルではもっと日常的に、家畜泥棒がどっちに逃げた かなどを占っているそうですが。太占(フトマニ)のマニはマニ教のマニ? チベット仏教のマニ(宝珠)?またまたそのルーツに思いを馳せて 一人楽しくなってます。 映画上映後の交流会で、中世の研究をされてる文化人類学者の方が、 西の文化と比較して関東平野は縄文文化の影響が色濃いと仰って いました。獣の骨を装身具として身につけるあたりもそうなのかな。 日本の先住文化と南方系の縄文文化と、中央アジアを辿ってやって きただろうオホーツク文化?などの変遷は、以前グレートジャーニーの 関野さんと田口先生の対談でなるほど!と思った記憶があるのだけど、 まだまだよく分かってない部分もあり。。。もうちょっと追求したいの だけど、取っ掛かりがつかめず。このようにご縁によって断片的に パズルを繋ぎ合わせてはバラし、別のピースを捜し求めることを最近 繰り返してます。 おすすめの書籍や講座などありましたら是非ぜひ教えてくださいませ~!!
by tamayula-foot
| 2014-05-24 23:12
| *art/live/film鑑賞
|
ファン申請 |
||